-放浪腐女発酵観察日記- ブログ版

オタな海外放浪貧乏旅行者の腐女子覚醒日記。SF,ロボット、天文好きな皆既日食ハンターの筈が、ある日うっかり腐海に墜落。やおい免疫あったが仇のBL大発症。急遽、隔離病棟設置。こちら腐れ外道blog。 ダダ漏れ萌えと、オタク独り語り、阿呆バックパッカー海外貧乏旅行バカ話しか御座いませんが、お暇ならごゆるりと(^_^;)  ★はてなダイアリーがメイン。こちら同記事の予備です(๑╹◡╹๑) http://d.hatena.ne.jp/kokuriko-fufu/

 崖の上のワルキューレ! 迷路を抜けたナウシカの結末。「崖の上のポニョ」感想 ネタバレ注意

 崖の上のワルキューレ! 風の谷のナウシカの結末としての、「崖の上のポニョ」感想  ネタバレ注意






★イラストは、アーサー・ラッカム「眠るブリュンヒルデを見つけるジークフリード




本当は、ラストカウントダウンボイス記念に、克克SSでもUPしようと思ってたのですが(^-^;;;;
空気が読めませんよ、オレ(^-^;)boko☆*\(-''- ;)





えーっと、本日は崖の上のポニョ映画感想です。ネタバレ?在り。
かなり、変な感想になると思います。いつにもまして、はた迷惑に思い込み激しい(笑) 
あのスカイクロラの感想すら比ぢゃないかも(;^^A


でも、ジェンダーとかセックスに関することを語りたいとなると、BLぢゃないけど、ここのblogに書きたいと思ったんだよねー。え? ええ、ポニョについて語りたいんすけど、18禁的に(笑) 


長〜〜いよ、変だよ。正気の沙汰でないよ。変態だよ。ヒマで死にそうな人だけ‥‥と思ったけど、これ読んでくれっていったら、これからこのblogって、客が一人もいなくなりそう。まぢ。
とりあえず、書くのだけ許して。m(_ _;)m






ああ、鬼畜眼鏡ファンなら「ノマ克が御堂さんとこに嫁に行く話」の一言で、全部通じて、すむ話なんだ‥‥ポニョって。いや、本当にほんと。真面目に。







さて、ぽにょ。


ええ、見ていて、自分でも意外だったけど、船の上の赤ちゃんとポニョの「おなか減ってる」くだりでもうヤバクて‥‥落涙


そんでもって、ラストシーンになるまえに、ぼろぼろぼろぼろぼろ泣いていた私はかなり変な人だと自分でも思います。ああ、泣かされたともっ! このオレが! 号泣(T∀T)w




<宮崎信者>と、罵られて結構。 上等だ!


しかし‥‥公式紹介に「神経症の時代に‥‥」なんてわざわざ書かれてた意味がわかったよ(笑)
宮崎監督、やりたいほーだいっ!(笑)


確かに、ユング派の「箱庭療法」みたいな映画だったかな。
生きていらしたら、解説はユンギアン日本第一人者の河合隼雄教授でせうw
河合氏×宮崎氏との対談は面白かったなぁ〜。どの本だったっけ? 「クローディアの秘密」アニメ化したいって言ってらして。

神話の心理学

神話の心理学


クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))

クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))




おっと、ぽにょに戻るけど。
言語やストーリーを超越した、神話や元型の組み合わせによる、‥‥安直にいうなら、癒しへの物語。そんでもって、やっぱり今回も、デウス・エクス・マキナ‥‥?



そうだ、これは神話かな。


しかも、ぽにょの本名てっさ、ブリュンヒルデって名前なんだ、なんてワカリヤスイ(笑)
「PNYO」ってさ、ワーグナーの「ニーベルングの指環」作中、ワルキューレの騎行の歌
「Ho Yo to hooo! ほーよーーほー!」 から来てるのかしら?
戦場に死せる男たちの魂を 異界へつれ去る戦乙女の雄叫び。


生と死の交わる、臆面もない叫び声だよな。こわっ!(笑)



↓ Time0:1:28 から ぽにょぽ〜にょ! が始まります(笑)
D



えーっと、この映画。
半年以上前、NHKのプロフェッショナルでしたか、メイキングの番組見ました。



宮崎さんが悩んで悩んで、結局、出てきた最初の場面が‥‥くらげを被った半分魚の女の子だった時点で、ああっと思った(笑)



これって、そのま〜〜んま、腐海で、王蟲の上で、王蟲の目被ったナウシカぢゃん。洪水は、大海嘯ですね(笑) 


大好きなナウシカ、アニメのラストは原作ファンとして納得いかなかった。30点! 自己犠牲と奇跡の復活。‥‥まぁ、あれはその、短くまとめようとすると、宗教的風景に走るってか、逃げるしかなかったのかな、あ〜なっちゃうとね。


つまり、これはナウシカのリメイク‥‥というか、今度こそ、ナウシカを幸せにする映画なんだ。そうですか、【風の谷のナウシカ】(漫画版、原作)にようやく結末がつくんですね?


彼女が幸せになれるんだったら、もぉどんな映画でもいいよ!  ヾ(^。^;)




あの、たった一人で、世界を救おうと愚かな夢を見て。


自分の家族や自分の男どころか、自分の身体も心も、自分のものとして持たなかった女が、
「女の身体を取り戻して、今度こそ、自分の欲望に忠実に、自分の男を獲りに行く話」


たとえ、世界を犠牲にしても。




と、私は、解釈して、映画を見に行った。


かなり外れてなかった気が‥‥する。




それにしても、ここまでセクシーな話wだとは思わなかったよ。<大誤解を招く表現、注意(笑)
(いや、しかしスカイ・クロラの1万倍くらい官能的でしたよ♪ 押井守が、ラブシーンで宮崎駿に完敗?ww)





以前‥‥アニメ版ナウシカの公開直後だったか、宮崎さんがどこかで発言していた。(確か、ロマンアルバムかなにかのインタビューで)



「ナウシカの胸はでかいでしょう? あれはね、自分の赤ん坊に乳をやるためでもなく、自分の男に触らせるためでもなく、お城のジジババが、あの胸に抱かれて安らかに死ぬためにあるんですよ」



って。
当時、思春期だった自分にして、ナウシカの清らかさを表すエピソードとして、とても感動したコメントだったけど‥‥今考えると、ヒドイ話だ。女として。



あの聖女に祭り上げられた少女のおっぱいって‥‥「墓場」なんかい?しかも、「共同墓地」?




志高い理想、無垢と純粋のため、全体のために犠牲になる個人‥‥美しいかな自己犠牲と‥持て囃し、祭り上げるのも結構だけれど‥‥なんか違わないか‥‥なんて、自分自身、考え始めたころから、ナウシカの原作漫画のストーリーも、迷走を始めた気がする。



同時に、社会主義や共産主義も、つまり、全体主義や自己犠牲の価値が、徹底的に崩壊し始めた頃だったか。


人の無意識、時代の底流に、深く深く根をおろして、宮崎さん自身が、七転八倒し、血反吐、吐き散らしながら、描かれていた物語だけに、あの泥地を這うような漫画版「ナウシカ」の暗いストーリー展開って、必然だったと思う。
でも、苦しかったなぁ〜、読んでいるだけでも。
ナウシカ、彼女は自然共生の道しるべではない、迷い、試行錯誤のうちに、袋小路に迷い込み、行き止まりの立て札なった気がする。


普通の漫画家なら、描いた時点、いえ、描いている途中で潰れるね。作者の精神を支点にして、反対側に、アニメという重石があってくれてよかったのかも。もっと過重はかかっただろうけど、彼の精神のバランスをとるために。



結局、ナウシカに結末はつかなかったよね。作者が逃げた‥‥とは思わない。どうしても、嘘が付けなかっただけだ。


あれは、時代の限界だった。






だから、その、自己犠牲な聖女とお姫様と無垢な幼女を崇めてきた宮崎さんが、今回、ここまで赤裸々に「女」を描いてくれるとは思わなかったよ(笑)




全年齢、全方向的に(笑) いろいろ包み隠さず、いや包み隠しつつ‥‥かな?
確かに「女」は出てこない。


作中には、見事、「母親」「老女」「幼女」そして「神女」だけ。


女が描けない男が逃げるときに使う「女もどき」ばっかだー(笑)



でも、いいぢゃん。
こちとらも、ボーイズラブなんてジャンルでセックス語ってるだけに、判ります、と言わせて貰おう(笑)  


直接触れるより‥‥仮面を被った方が、色々さらけ出せることはあるんだよ。ねぇ?


でも、そうか。

あれは、女ではなくて、「個」の幸福 V「全」の調和  との葛藤と開放の象徴として、ぽにょという「女」が使われていただけなのかなぁ‥‥。
でも、まぁ。



もどきであろうと、”今は色褪せた、青い衣の女たち” が、ちゃんと生きて、描かれてた。聖女ではなく、日常を生きる女たちが。
水色の洋服を着ている女性にちょっと、注目(笑)



それにしても、今回、女性の布陣が変化したねぇ‥‥。
ソウスケ(この名前って、ALL MEN ってことか?)の母親のリサを筆頭に、色々考えてみると面白いなぁ‥‥。


リサさん、母親だけど、女で可愛い、しかも無鉄砲(笑) いやぁ、魅力的だっ!(笑)


あれ? リサの服の色って何色だったっけ?
あれだよね? 彼女だけはナウシカの色、濃い青、王蟲の血の色の服だよね。 (「リサさん、つらいよね、かわいそう」って皆に言われてたシーンが印象深い。きっとポニョの劇中では不可思議な台詞なんだろーけど、彼女がナウシカだと考えると非常に納得ゆくのだ)



今回、かなり矮小化してしまった男性原理、「フジモト」の意味するところも面白い‥‥なぁ。
フジ>不二、不死、富士‥‥ モト、は、日本?
って、これ語るともうどーしよーもなく長くなるので、どうすりゃいいんだ?(笑)






まぁ、何が言いたいかってーとよ。
論理もへったくれもなく、飛躍して飛躍しちゃうけど、こうだ(^-^;;;;



ありがとう、宮崎さん、ようやくナウシカが完結したよ! 私の中で。



どうして、原作のナウシカが、ラストで<あの選択>をしたか、せざるえなかったか、ようやく納得したよ。
そして、人の血を舐め、肉に食らいつきつつ、男に自分からキスする女に、あの聖少女も立派に成長したんだね、姿こそ五歳だけど、可愛くなったり化け物になったりするけれど(笑) あのぽにょの姿の変化も、すごく判るな。女ってそういうもんでしょ?(笑)



ぽにょの小さく幼い妹たちが、一気に女性の形に成長するシーンもあったなぁ。ナウシカと同じ色の耳飾したお母さんも色っぽかったし(笑) 女も女として幸せになって良いんだよね?(笑)




ただ、ぽにょが象徴的に、「ハッピーエンド」かというと‥‥ちょっと疑問だ。
ブリュンヒルデと、ジークフリードは、結局は添い遂げられない。戦乙女であるブリュンヒルデは、父に背いて罰せられたけれど、正しくワルキューレであるなら‥‥とか、そっちの象徴で考えると、エンド後のぽにょはどうなるんだろう。
そういう意味でなら「もののけ姫」のラストにも似てるな。



それに、ぽにょの神話っぷりから、日本神話のイザナミ、イザナギを、そりゃどうしても、思い出すのだけれど、あれもね、「女から動いたら不幸な子供が生まれた」「黄泉の国から女に追いかけられて大変だった」話だからねぇ。



でも、現在に残っている「神話」って、つまり「男性社会を作り上げるために、女性原理を封じこめるシステム発動宣言」ってなもんだから、ほとんど全部。
今回、それを「正しく男性&女性原理に基づいて書き直した物語」ってなら‥‥判るんだけれど(笑)


大体、イザナギ、イザナミの名前だって、男の方が静である「凪」 女が動である「波」を名前に戴いているんやから、なぁ。女から誘うな、動くなとか言われても困るんだよねーっ、天照を戴く日本人として(笑)


ああ、駄目。
また無駄に考え始めたら、終わらないので、もう強引にっ!(笑)




意味不明な“神話”だと、どーしょもない老残映画だと、ただ魚が動いてるだけの幼児むけアニメでしょと、鑑賞能力を持たないアホどもが、誰が批判しようが、俺はがっつり受け止めたぜ、監督っ!




まぁ、たしかに、一般人に、そう言われても仕方ないとは思うけど(笑)




でも、こうゆうふうにしか、ならなかった、そして、なるべきだった、というキャラクターとストーリーは、それこそ思春期から、ずっと「ナウシカ」の呪縛にとらわれてきたファンとして、とてもよく判ったんだ。
判る気がしたんだ。



けっして、物語として、はちゃめちゃではない。
あるべき姿、そうでしかない展開だなぁって。


そしてさまざまにちりばめられた象徴も。水も、闇も、光も。
たとえば、そーすけが、お婆さんに呼ばれて駆け戻る時、なぜ、斜めに走らなければならないって部分まで、あれは必然で描かれてるよ。


ひとつも無駄や嘘がない。



 ええ、繰り返すけど、ナウシカが迷い込んでしまった、暗い救いのない迷路から脱出するには、ああゆぅ、くねくねしたわけのわからない道を通って戻ってくるしかないんだよ。



(私は、庵野秀明氏のエヴァンゲリオンのTVの結末や、映画の展開も、ものすごく納得してしまう人なんですけどね(笑) 幾原監督の少女革命ウテナも。(ウテナは映画は別。あれは、テーマが逆転してた。監督の精神のバランスを取るタメかね) でも、説明しろというと、難しいなぁ‥‥。もぅ、物凄く長文になるし(^-^;;;;
良いか悪いか別として、個人を越えてあれだけのもの生み出しちゃったら、ああゆう精神状態になるのは必然。アニメというメディアでその暴走を許した回りも凄いがw)




ま、一本の映画として、成立してしてるかどーか、ってのは、私は今、感動に目が眩んでいるのでよくわかりません(笑)



でも、今の時代が、必要としている作品だと思う。
ただ、あれは、子供のための映画ぢゃないね。「紅の豚」のほ〜がまだしもだ。



ハウルの動く城」でも、ナウシカの落とし前として、かなり近いところいってたけれど、なまじ原作があっただけに、物語にしばられて、中途半端だったんだよね‥‥解放が(笑) 


てっか、≪宮崎思想の駆け足ダイジェスト≫になってた気が‥‥。
あのストーリー展開は、どこもすごく“理解できる”んだけれど、あまりに目まぐるしくて、‥‥苦しくなって、急いで結末に飛びついちゃったってなラストってか、あれ(笑)
でも、好きなんだよ! ハウルも! ごめんよ、信者で。
ま、カリ城やラピュタとか、王道でウェルメイドな映画も大好きなんだけどさ。




そういえば。
私の愛する押井守監督が、かなり容赦なくぽにょを批判してたみたいだけど(笑)


「嫉妬だよなーっ(笑)」   
半パな押井ストの私にして、あえて軽く言ってしまう(笑)


って言うのはね。
これって、20年以上前、「天使のたまご」(物凄く物凄く好き! 他人の作品だと思えないくらいシンパシーだ(笑))で、既に、押井監督が、やってたことだから。


でも、世間から完全黙殺された。


と同じことを、今回、世間の注目を浴びるかたちで、宮崎さんがやったから、押井監督僻んでらっしゃるんぢゃないの? <あわわわ(^-^;)boko☆*\(-''- ;) テーマは半分同じで半分真反対な感じだけど‥‥




しかも、ぽにょはな、スカイクロラのよーな老人映画ではない、宮崎さん本人が主張するような幼児向けでもない、あれは官能映画だ! 色々エロかったよ(笑)



「老人って、枯れるどころか、かえってエロに走ったりしますけどねーって、宮崎さんも走ればいいのに」 って、押井監督も言ってたけど、宮さん、ちゃんとエロに走ってるって。押井さんも走ってくださいよ(笑)




崖の上のポニョ」では、“顔へ水を吹きかけたり、顔を顔を接触させるシーン”が頻繁に出てきてたけれど、そのたびになぜか、「スカイクロラ」で、頻繁に登場していた“扉の開閉”を思い出していた。おそらく、同じだから、でなく、対照的な行為として、想起されるのかな。
それぞれに、おそらく重大な象徴。だからリフレインされるんだろう。




そー^なのよ。
押井監督が、ずっと水を描いてきたのに、今回は空に逃げた(笑) 
スカイクロラの原作で、登場人物は、非常に海を恐れている。戦闘機乗りとしては当然かもしれないが、象徴的だ)


性愛を本気で描こうとしたなら、なぜその時に限って、(性愛と情と無意識の象徴である)水から逃げる(ような題材を選んだ)?
押井さんの描く女性って、とても好きなんだけれどね‥‥。そう考えると‥‥うむむ?


奥さんいっぱいいるのに‥‥やっぱり女はまだ怖いですか?ヘ(。。ヘ☆\(-_-;)baki! 



宮崎監督は、ずっと空を描いてきて(同時に大地に足をつけようとはしていたけれど)、今回は覚悟を決めて、海へ潜った。それは、腐った海ではなく、汚れているけれど、豊かな海だ。
な〜んか、ほんと面白い。象徴的に考えてくとね〜。
などどどど‥‥すみません、なんか興奮して、わけのわかんないことに‥‥。


とにかく、私はぽにょが好きだよ。感動したよって言いたかったのっ!


スカイクロラも好きだし、何度も見たいけど‥‥今回は自分でも意外だが、ぽにょに軍配っ!あれ、でも、もう一同どっちかを映画館で見せてくれるってなら、スカイクロラかもなぁ‥‥。




いや、見事に纏まらない!(笑)
ここまで読む人っていないと確信しているので、最後に自分のためにメモ。



ナウシカの原作の後半において‥‥ず^−っと、納得できなかったことが、今回なんだか腑に落ちた。われらがヒロインは、清浄な地に憧れ、腐った海の地下にそれ発見しながらも、その清浄さのなかに既に生きていけない自分たちを自覚する。


そして、自分たち自身が、無垢なもの、清浄なものに毒でしかないのと同時に、そんな自らにとっては、無垢こそが毒になることを知る。
無垢、純粋とは、優しさや許すものでなく裁くものとなり、‥‥裁かれれば人は必ず有罪なのだから。
ココロザシ高く、他人のために世界のため、ワタクシを殺して生きれば生きるほどに、虚しさはつのり、生き生きとした生命原理から遠ざかり、そして、恨みや憎しみが噴出してくる不思議。
巨神兵を連れて、古い墓所と赴くくだりは、だから、非常に象徴的だ。


恐ろしい無垢を連れ、その幼さを愛しながら、その無垢に触れることにより死病を患い、恐ろしい裁きの使者へと成長してゆく無垢が滅んでくれることを望み‥‥。
一度力尽き、殆ど死の世界へと陥り、ナウシカは世界から隔離、克絶したした清浄と安らぎの地で癒される。しかし、なお、そこから抜け出し、巨大な「墓所」に出向いて、その中に眠るものを、‥‥ああしてしまった。青い血にまみれながら。


 世界の究極の選択であるべき、あの殺人を、なぜナウシカは自分ひとりの決断に許したのか‥‥。



そして、否定した救いのすべてが、人々が今だ信じ続ける救いの全てが、全部用意された人工のもの、虚しい理想だったとナウシカは知るし、知ってなお嘘をつき続けようと決意して、日常の中へ戻る‥‥。そして、もう一人のナウシカでもあるクシャナは、己の流した血によって清められたと言われ、執政者として生きていく。



 あの結末には、なかなか納得できなかったのだけれど。


 アンチエゴの極みへ走ったものは、一度エゴイズムを極めなければ、やさしさの極みにいたものは、残虐の極みに手を染めなければ、ならないのかもしれないな、そうでなければ生きていけないのかもしれない、なんて、今は思ったり、した。



それが、ポニョ観て、納得できたってーことなのかなぁ。
なんだろうね(笑) いい加減に、どっとおはらいヘ(。。ヘ☆\(-_-;)baki! 


ってか、こ〜ゆぅ感動こそ、日常の言葉にはなりえないんだから、小説にすればいいんだ。